教授からのメッセージ

 医学を志す者はまず正常な人体の構造と機能がどのようなものであるかを理解する必要がある。そのうえで、人体の病的な状態、その予防と治療について理解を進めることになる。人体およびその模型としての哺乳動物の体の構造と機能を研究する基礎医学は、単に医師となるための知識を与えるのみならず、生物学すなわち生命科学の本流をなすものである。歴史的に、基礎医学は対象へのアプローチの方法により解剖学、生理学、生化学といった種々の学問分野に別れて発展してきたが、近年このような分野間の垣根は急速に取り払われつつある。解剖学者が主に用いる形態学的方法、すなわち目に見える形で対象を理解する方法は医学の歴史のなかで最も古くから発達したものである。ルネサンスから近代にかけての肉眼解剖に始まり、19世紀からの光学顕微鏡による組織学、第二次大戦後の電子顕微鏡による細胞学と続く形態学の発展は、ヒトや動物の体を構成する「かたち」を自分の目で詳細に見て理解したいという人間の根源的欲求を充たしてきた。さらに近年は、種々の物質の局在を組織標本上で検出する組織化学の方法が発展し、分子生物学の発展と対応して生体における物質発現の「場所」を追求することが形態学の主流となりつつある。ビジュアル化時代を迎え、視覚による対象の直観的、総合的理解を可能にする形態学の必要性は今後ますます高まると予想される。  解剖学第一講座で行なっている研究は、体内で重要な役割を果たすさまざまな酵素や蛋白性の生理活性物質が、動物(主にラット)の体のどの組織、細胞で作られ、細胞内のどこに局在するか、また生理的、実験的条件下でそれがどう変化するかを調べることにより、その蛋白質の役割、またそれを発現する細胞の役割を解明しようとするものである。とりわけ細胞の増殖および特定の細胞種への分化の過程に関与する蛋白質に重点を置いている。研究方法としては、たとえば組織標本上で特定の蛋白質の局在を特異的抗体との結合により検出する免疫組織化学や、蛋白質をつくる遺伝子転写物、すなわちmRNAをそれに相補的なDNAとの結合により検出する遺伝子組織化学などを用い、個々の組織・細胞のレベルでの目に見える(光学および電子顕微鏡による)データを重視することが特徴である。  受験生のうち医師を目指す諸君に対しては、医師の生涯の仕事として患者をみる臨床医の道以外に基礎医学の研究者としての道もあること、また生物学者をめざす諸君に対しては、基礎医学こそ生命科学の本流であることを指摘しておきたい。