スタンダール研究の新局面

(最終更新2004年10月14日)



スタンダール Stendhal は1783年生まれで、『赤と黒』Le Rouge et le Noir 『パルムの僧院』La Chartreuse de Parme などの傑作小説を書いたフランスの作家です。わたくし粕谷@金沢はかなりの間この作家に取り組んでいます。
しかしスタンダールは、現在の日本のフランス文学研究で人気のある方とは必ずしも言えないように思います。俗に、最近の仏文の卒論修論で扱われる作家の御三家はフロベール、マラルメ、プルーストと言われています。どれも綿密緻密に書いては直し、書いては直しするタイプの作家で、それに比べればスタンダールなどは、タッタッターと書き散らした原稿(それもすごい悪筆で)をそのまま印刷にするか、あるいは引き出しに放り込んで忘れてしまう、というような印象のある作家です。現存している原稿を見ても、ジェネティック研究(残された草稿を材料に、作品の発想から完成までの過程を辿っていくというやり方の文学研究のことです)が面白くできるほどの訂正・推敲はやってなさそうですし(注:内田善孝氏の『サン=フランチェスコ=ア=リパ』草稿研究、さらにSerge Linkes 氏の『ラミエル』草稿研究を知って必ずしもいつもそうだとは断言はできないと思うようになりましたが)、出版まで至った作品の場合そもそも原稿が残っていません。構造主義批評にもうまくのりません。一言でいって「めぼしい研究はされ尽くした観のある、ちょっと古くさい作家」と一般には見えているように思います(わたしの偏見でしょうか?...)。

S 嬢は「かすやさんは、すったんだーるだもんね」と言ったものです。(このニュアンスお分かりでしょうか?)

でもわたしは、むしろスタンダールはまだその真価をよく理解されていない作家なのであって、その研究の醍醐味はこれから出てくるのだ、と思っています。突破口を開こうとして書いているわたくしの拙き論文たちがこのサイト上にのせてありますから、時間と興味のある方は読んでみて下さい。[ホームページ 論文リスト]


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1996年は、40年近く世界のスタンダール研究者たちの上に君臨してきたヴィクトル・デル=リットVictor Del Litto 氏がついに高齢で引退され、スタンダール研究にとって大きな転回点の年となりました。この年、スタンダールをメインテーマにあげた学会が4つも開かれました。わたくしはそのうちの3つ、イギリス・ハーストモンスー城の学会(4月)、パリ・ソルボンヌでの『恋愛論』についての学会(12月5日と6日午前)、パリ・エコル=ノルマルでの『パルムの僧院』についての「アグレガシオンの日」*(12月6日午後と7日全日)に参加する機会を得ました。(学期の最中ですから諸先生方、学生諸君にはご迷惑をおかけしますがフランスの学会開催が日本の授業日程など考慮してはくれない以上どうしようもないのです。フランス文学を教えている以上、研究の最新の情報を得る機会は積極的にとらえるべきものと信じます。日本にいるときにその分うめあわせさせて頂きたく思いますのでご勘弁下さいね m(_ _)m )

*「アグレガシオンの日」というのは普通の学会ではなくて、文学のアグレガシオン(一級教員資格)試験の受験者(女の子が多かったですね)が、その年の課題作品(1996年度は『パルムの僧院』がその一つだったわけです。ちなみに1997年度は19世紀ではネルヴァルの『火の娘たち』『オーレリア』が、1998年度はユゴー『懲罰詩集』が入っていました)をめぐって専門家たちが研究発表し、討論するのを聞いて参考にするという、そういう日です。エコル・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)の一室で行われました。試験関係の人も会場にいて「さきほどの○○氏の主張はあまりに大胆すぎますので、とうてい試験官の受け入れるところではありません。受験生の方は注意してください」てなことを言ったりもするのです。


ハーストモンスーHerstmonceux はイギリス、イーストエセックスにあるお城で、カナダのクィーンズ大学が持っています。この大学のジャン=ジャック・アムJean-Jacques Hamm さんがスタンダリアンで、彼が主催した学会です。4月26日〜28日の正味2.5日、一日12本の研究発表で、これは学会というより「合宿」でした。参加者40人足らずですから、研究発表する人の方がしない人より多いのです! 食事もお城の食堂で一緒にするわけで、ふつうなら知り合いになれそうもないような錚々たる学者たちと親しくお話できて、本当にラッキーでした。
ソルボンヌ、エコル=ノルマルでの学会も、フランス人参加者は春のハーストモンスーと同じようなメンバー(大御所のひとりミシェル・クルゼ Michel Crouzet さんが欠席だったのが目立ちました。彼はわざわざこの学会の直前に自分に近い人を集めた別の学会、しかもテーマは同じ Chartreuse de Parme を扱った学会を挑戦的にぶつけて開いてヒンシュクを買っていました)なのですが、フランスのアカデミック世界の権力の中枢に場所を移すとなにやら雰囲気がなまぐさく感じられたのはわたしの考え過ぎでしょうか。

そこで注目したのは、グルノーブル大学のジェラルド・ラノーGerald Rannaud さんを中心にした、スタンダールの書いた草稿の綿密な読み直しをもとにした研究が進んでいるということです。(スタンダールの現存する草稿はほとんどグルノーブル市立図書館にあります。先に書いた『ラミエル』研究のLinkes リンケス君も籍はパリ第八大学生ですが、グルノーブルでラノーさんの指導を受けています。ただし『赤と黒』とか『パルムの僧院』とかの名作の原稿はありません。スタンダールという人は印刷屋に送ってしまった原稿は回収しなかった人なのです)
分かりやすく印象的な例をひとつだけあげておきますと、『パルムの僧院』に関する研究発表でラノーさんは、スタンダールにまつわる「神話」の一つを完全に否定してみせました。
スタンダールは速筆で有名ですが、中でも長編小説『パルムの僧院』をわずか52日間で口述筆記で完成させたという話はよく知られています。彼自身がバルザックへの手紙の中でそのように述べています。スタンダールは、『ファルネーゼ家興隆の起源』とかいうほんのちっぽけなエピソードを核にして自らのイマジネーションをあふれさせ、奇跡のように巨大な物語を生みだした、というわけです。

(事実たいへん面白い作品です−−これだけはわたくしが保証します−−。どれ、文学でも読んでみようかと思った方は一度手にとってみてください。わたしはこれを読むたびに「心が洗われる」ような気がします。ふつう人はこの作品で「心が洗われる」とは言わないように思いますが、わたしにはそう感じられるのです)

さてラノーさんは、こういう即興作品としての『パルムの僧院』のイメージは完全に虚偽であり、美しい神話にすぎない、バルザックへの手紙の内容を鵜呑みにしてはいけない、と主張します。『パルムの僧院』も先行する仕事の集積から生まれたものであり、けっして無からイマジネーションだけで出来上がったのではないというわけです。具体的に言えば未出版の草稿のまま残された『ナポレオンに関する覚え書』その他には、のちに『パルムの僧院』執筆に流用された要素がたくさんあることが分かっていますが、スタンダールが口述したというのは、そういう草稿から作ってほぼ完成した原稿を「手にして」読み上げたということであるというのが彼の主張です。
こういうことは多くの研究者がなんとなく思っていたことだとも言えるのですが、これほどはっきりと、また草稿類を根拠にしっかりと論じたのはラノーさんが嚆矢と言えると思います。(ただし皆が納得して定説になったというわけではありませんので、誤解なきよう。たとえば18-19世紀文学研究の大家 Beatrice Didier ベアトリス・ディディエさんも反対です。『パルム』の原稿自体がないのが致命的で、この論争は最終的結論には至らないものと思います)

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1997年の暮れもおしせまった頃になって、デル=リットさんがずっと主催していて95年に終刊になった雑誌 Stendhal Club の精神を継ぐという形でフィリップ・ベルチエ Philippe Berthier さんが Annee Stendhal を創刊しました。ところが先も述べたように独立志向をあらわにしたクルゼさんもまったく似たような年刊雑誌H.B.(スタンダールの本名Henri Beyle の頭文字)を数カ月遅れて創刊、ますます話がややこしくなってきました。グルノーブルではラノーさんたちが中心になって Association Stendhal というのを作るし(パリには元からスタンダール友の会 Association des Amis de Stendhal というのがあるのですが*(^_^;) 。もちろんクルゼさんもグループを作っていますが、これについてはわたしも全然知りません)、ナントにはイヴ・アンセルYves Ansel さん(アンソニー・パーキンスを優しくしたようないい男ですが、彼の頭の切れの良さ、発表のそつのなさは当代一と衆人の認めるところです)が控えているしで、百家争鳴の混沌状態です。御大のデル=リットさんも家の外に出られなくなったとはいえ仕事自体はまだ続けていて、新しい『スタンダール書簡集』刊行を開始しているのです。

*Association des Amis de Stendhal は毎年10月から5月までの第一水曜日午後6時半から、専門家の研究発表を聞く会を続けています。場所は Bibliotheque historique de la Ville de Paris (最寄りメトロは Saint-Paul. Rue Pavee の入り口から入ります)で無料で聴講できますから、フランス語がばっちり聞き取れる能力があってしかもスタンダールに興味があるという人はのぞいてみてください。

なお申し遅れましたが日本にも数年前から「スタンダール研究会」があるのをご紹介しておきます。年に三回(東京と京都)研究発表と茶話会をやっていますから、興味のある方はわたくしまでお申し出下さい。

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1998年のニュースというと、グルノーブル大教授で、大学の中に設置されている Centre d'Etudes stendhaliennes et romantiques (スタンダールおよびロマン主義研究センター。立派な名前の割にははっきり言ってあまり機能していたとは言い難い組織です(ごめんなさい・・・ (^_^;;) ))の所長をしていたダニエル・サンスュー Daniel Sangsue さんが突然辞任してスイスの大学に転任したことです。サンスューさん自身ずっとスイス在住でグルノーブルには週に二、三日しか来ないのでいろいろ困ったことがあったそうです。またそんなにスタンダールの専門家という感じではなかった方です。それで後任になった Chantal Massol さんもスタンダール研究界では聞いたことない名前でした。フランスの大学人事も日本の大学以上に外部の者には計り知れない難しいところのあることを実感させられました。幸いにもその後バリバリのスタンダール研究家 Marie-Rose Corredor さんが着任、ようやくグルノーブル大は落ち着いた感じがします。

なんだか変なニュースばかり書いていますが、研究自体は着実に進んでいます。先にお話ししたアンセルさんが最初の本をもうすぐ出版します。はい、無事しゅっぱんされてます。04.10.14. ラノーさんの愛弟子 Catherine Mariette カトリーヌ・マリエットさん(去年の冬グルノーブル市立図書館でスタンダール『恋愛論』草稿のマイクロフィルムを見ているとき、さっと強い香水の匂いがしたので振り向くと、彼女が隣の席にやってきたのでした。中年だけどなかなかチャーミングな方ですよ)も『ナポレオンに関する覚書』草稿の吟味がもうすぐひと段落つくとか言ってましたから、彼女もそろそろ何か出してくるのでしょう -- と思っていたら案の定、『ナポレオン伝』と『ナポレオンに関する覚書』の校訂テキストを合わせて Stendhal, Napoleonと題された本が Stock 社から刊行されました(98年10月)。今後はこの両作品に関する研究にはこの版が必携ということになるでしょう。

ところでわたしのリンク集のところにもあるフランス・スタンダール・サイトの作者ジャン=イヴ・レセくん(ちなみに上記Centre d'Etudes stendhaliennes et romantiques のページも実はジャン=イヴがサンスューさんの依頼で作っているのです(ばらしちゃ悪かったかな?))が e-mail を使ったスタンダール研究情報誌 Le Courrier Stendhal を始めることを考えました。(わたしの提案した誌名です。(^_^) ) この雑誌がインターネットの特性を発揮して、混乱した研究界のさまざまな障壁をぶちやぶる機能を果たせれば、と期待しています。

98年5月に第一号、10月に第二号、99年2月に第三号と順調に送られてきています。ジャン=イヴは本当に気が優しくていい奴です。ときどきグルノーブルの彼の家に泊まって彼とスタンダール談義、インターネット談義をするのが、わたしの無上の楽しみになりました

実は2000年元旦もジャン=イヴのところで迎えました。パリ、シャンゼリゼでは豪華絢爛光の祭典があったみたいですが、地方都市のグルノーブルでは花火があったくらいで、みな友人たちと家で語らいながら新ミレニアムの到来を祝ったものです。(ところで千年紀最後の最後でジャン・テオドリデスJean Theodorides おじいちゃんが亡くなられたことを1月5日のAmis de Stendhal 集会で知らされました。73歳ということでした。CNRS で同僚だったブーリニエBoulinierさん(この人も、著書などないものの凄い勉強家です)が震える声で故人の思い出を語っていました。テオドリデスさんの専門は生物学なのにスタンダールに関しては生き字引のように詳しく(彼はスタンダール研究はhobby だと言ってました)、恐るべき存在でしたが別にこわい人ではなく、わたしにもこころよくお話してくれました。あの博識が彼とともに消え去ってしまったのかと思うと、知と人間の生との間の宿命的関係について思いを馳せずにはおられません)

2001年クリスマスの前日にセルジュ・セロードSerge Serodes さんが急逝されたのはかえすがえすも残念です。まだ50代の若さで、やり残した仕事もあったでしょうし、さぞ無念だったことでしょう。

しかしそれでもスタンダール研究が絶えることは絶対なさそうです。頼もしい若手がどんどん台頭してきておりますから。 (^_^)y

セルジュ・リンケス Serge Linkes 君はLamiel のジェネティック(生成)研究で学位をとり、いまラ=ロシェルで教職についています。わたしの見るところ、彼の研究成果をみなが真剣にとらえるようになれば、スタンダールの読みは相当深いところで変更を迫られることになると思います。えーあとどうでもいいことですが、彼の車は前に三人乗れる宇宙船みたいなやつで、彼の奥さんはとても美人で (^_^)、彼自身は最近のフランスの若い人がよくやるイガグリ頭をしています。彼の頭を見るといつも、いっぺんヘッドロックかけてぐりぐりやってみたいなという衝動にかられます・・・ (^_^;)

グザヴィエ・ブルドネ Xavier Bourdenet 君も新進気鋭のスタンダール研究家 -- 白皙の青年という感じですね -- として将来を嘱望されています。ブザンソンの学校に勤めてますが、その学校はあのジュリアン・ソレルが訪れたことになっている司教館と同じ通りにあるんだそうです。 (^_^;)

フランチェスコ・スパンドリFrancesco Spandri 君はイタリアのスタンダール研究の伝統を継いで頑張ってくれてますが、彼の書くものは抽象的過ぎてわたしによく分からないのが残念です。 (^_^;) シエナで教職についていましたが出身地のローマに移りました。ほんとイタリア的「イケ面」で独身ですから、ご興味のある女性は一度彼とデートなどいかがでしょう。(^_^)


なんやかやで、ここ数年の間にスタンダール像というものがかなり修正されてくることと思います。
そうなると案外、またスタンダールが「トレンディな」作家になってくるかもしれません。
というか、わたしの力でそうできたらと思っています。だって彼はまだその文学的あるいは思想的可能性を掘り尽くされていない、面白い作家ですから。そしてその研究はさまざまな分野に及ぶ、遠い射程をもっていると思うのです。それを探るため1998年春、わたしは『パルムの僧院』熟読に専念して、公にする価値があるものをたぶん得られたように思います。出版が何年後になるか分かりませんがご期待下さい。(^_^)v 

2004年8月に、ついにデル=リットさんが亡くなりました。93歳でした。これでスタンダール研究の一時代が完全に終わったという感がします。偶然フランスにいたわたしは光栄にも御葬儀に参列することができました。04.10.14.



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