『アンリ・ブリュラールの生涯』における
「フォントネル主義」と「スペイン主義」の機能(要約)
Yuichi KASUYA
[Gallia, no.XXXIII, no.XXXIV (大阪大学フランス語フランス文学会)に発表。
1994,1995。原文フランス語]
[筆者のコメント]
枚数の関係で二回に分けて発表しましたが、一つの論文です。主張するところは『理知の発芽』論文とつながっています。
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フランス語版]
[II. エスパニョリスム]
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1. アンリ・ガニョンの「フォントネリスム」
スタンダールの母方の祖父アンリ・ガニョン Henri Gagnon が幼い彼の「味方」の側に属する人物として愛されていたことは周知の事実である。また祖父の方も亡き愛嬢の一人息子である彼に特別な愛情を抱いていたとされる。彼は未来の作家にその文学の趣味全てを伝えた「真の父」であった。
ところでこの祖父ガニョンの性格を説明するために「フォントネル Fontenelle
風の性格」あるいは「フォントネリスム」fontenellisme という言葉が導入されている。Henri
Gagnon と Fontenelle が結び付けられるのは 『アンリ・ブリュラールの生涯』執筆のとき、それも第6章を書いていた1835年12月2日が始めてであるらしい。「今日初めて思いついたことだ」とスタンダール自身が明言しているのだ。しかし自分にとっての真の父とまでいう人物を形容するにしては、この「幸福のテクニシャン」フォントネルに対するスタンダールの評価はあまり肯定的なものではない。情熱=恋愛の礼賛者としては当然のことかもしれないが、フォントネルのなかに豊かな才知は認めながらも、愛想よくあるためにかえって何物も本当には愛さなかったといわれるその魂の冷たさ、そして繊細さのためには真実を犠牲にする態度を難ずるのがもっぱらである。だから『アンリ・ブリュラールの生涯』
のなかで Fontenelle の名、 fontenellisme の語が Henri Gagnon の名が出てくる度にまるで枕詞のように繰り返し現われるのはいささか不自然なことと言えよう。
ここで、祖父を「味方」と規定しながら、スタンダールが彼の態度を難じてもいるというのがまぎれもない事実であることに注意したい。「彼は世の中でわたし(すなわち幼いスタンダール)しか愛していなかった」のに、セラフィー叔母や父シェリュバンが自分に対して貴族的な教育という名のもとに圧政的にふるまうのを座視していた、とスタンダールは言う。そしてその不干渉の原因こそ祖父の「フォントネリスム」に求められているのである。つまりその難じ方は自分の娘セラフィーを恐れていたために、つまり争いを避けたいがために「彼は自らの本音を隠している」という形をとっているのである。
スタンダールのこの説明は完全に説得的だろうか。祖父の態度は「フォントネリスム」のゆえだというが、「暗黙の同意」でないという証拠がどこにあるだろうか。祖父の態度を先入見抜きに事実のみから判断する限り、彼がシェリュバンやセラフィーの教育方針に本当は反対だったということは証明不可能のように思える。
スタンダール自身筆のはしばしで、祖父が完全に自分の味方であるとは言いきれないという認識をちらり、ちらりと見せている。たとえば祖父は幼いスタンダールの「嘘という、奴隷の唯一の武器」をあえてとがめた。たしかに祖父のなかにはブルジョワ的魂を見ないわけにはいかなかった。またスタンダールは「祖父のジェズイティスムへの回宗はそんなに古いことではなかったにちがいない」という言い方をしているが、これはとにかく最終的にジェズイティスム*に回宗したことをはっきり認める言い方であることは明らかだ。しかし祖父の態度は現象的には「不干渉」「沈黙」という同じ一つのことで一貫している。スタンダールの言うところを信ずるならば、以前はフォントネリスムのゆえに黙っていた人物が、後にはジェズイティスムで、やっぱり黙っていたということになるのだが、フォントネリスムなどなくて、最初からジェズイティスムで黙っていたということはないのだろうか。それに結局最終的にはこの祖父は幼いスタンダールの信頼を失うのである。
*この言葉については、もちろん「スタンダールにおける『ジェズイット』について」論文を参照して下さい。
しかしもし「祖父は本心を隠しているのであり本当は父や叔母の方針に反対なのである」ということが否定されたらどういうことになるだろうか。スタンダールは家族のなかに味方を失うことになってしまう。「自分は父や叔母に『不当な』扱われ方をした」というスタンダールの主張の真実を保証してくれる者がいなくなってしまう。Henri
Gagnon が Fontenelle のような人である、と規定することは、Henri Gagnon が自分の心の平静のためにはあえて正義を貫くことをしない人であると宣言することを意味している。このことを強調することは、父と叔母の態度、自分に対する対応が「不当である」、彼等の自分についての評価が「虚偽である」という主張に力を与えることになる。フォントネリスムという概念は、祖父の態度が「不干渉」のそれであって「暗黙の同意」によるそれではないことにする機能を見事に果たしていることがわかる。「フォントネリスム」を祖父の中に想定することにスタンダールは明らかに利益を持っていたのである。
[I. 「フォントネリスム」の冒頭へ]
2. エリザベト・ガニョンの「エスパニョリスム」
さて今度は Henri Gagnon とならぶ「味方」の代表、大叔母のElisabeth を見てみよう。彼女の方に冠せられる形容は言うまでもなく「スペイン主義」
espagnolisme というものである。この概念についても既にいろいろな分析がなされてきた。それらはこの「エスパニョリスム」を、名誉と英雄的行為への志向であり、スタンダールの生き方の大きな特徴のひとつであり、彼の作品の魅力の大きな部分を生み出す源泉であるとしておおむね肯定的にとらえている。しかしスペインという国、スペイン人そのものは、もともとスタンダールの書いたもののなかで積極的評価を受けていないことが多いのに注意したい。フェリペ二世支配下に美しいイタリア、スタンダールが愛するイタリアを抑圧し、風俗を汚した(特に例の"cavalier
servant"の風習によって)圧政者... といった悪いイメージで現われることが多いのである。スペイン全体が常にスタンダールにとって悪役であったと主張するつもりは毛頭ないが、スペインは大きな暗い側面を持っていて、エスパニョリスムは否定的概念、欠点でもありうるのである。イタリアニスムとエスパニョリスムは別でありうるのだ。
『ある旅行者の手記』に出てくるスペイン人の夢想にふける様子は『アンリ・ブリュラール』におけるエリザベトの夢想ぶりと同じ性質のものである。それがスタンダールに伝えられたおかげで彼は現実生活における実務能力を失った。そのほかスタンダールは自分のエスパニョリスムの故に学校で友達とうまくいかなかったこと、喜劇作家となるために必要な社会観察が下劣な行為から目をそむけてしまう性格のために不可能だったことを、いささかくやしさをこめて語っている。つまりスタンダールには、エスパニョリスムのために生じるさまざまな弊害にうんざりし、エスパニョリスムに染まった自分にいささか辟易しているむきも明らかにあるのである。
エリザベトも祖父アンリ・ガニョン同様、幼いアンリ・ベイルに対して父と叔母セラフィーがする扱いを、見て見ぬふりをしている。おそらくこの大叔母の方は祖父よりもいっそうアンリの味方であったのだろう。それはスタンダールの認めるところであるし、彼女の言動(スタンダールの伝えるものであるが)にも明らかに示されている。
それでも彼女も基本的には「不干渉」の態度を貫いた。そして彼女にその方針をとらせたのはまさしく彼女のエスパニョリスムに他ならないのである。
* * *
このように『アンリ・ブリュラールの生涯』 においてフォントネリスムとエスパニョリスムは並行して機能している。
スタンダールが自分に悪影響を与えた者を「両親たち」 "mes parents"
「わが家族」"ma famille" と言って名指すとき、それは父と叔母だけを含んだもので祖父と大叔母を排除したものだと見なしていいはずがない。スタンダールは祖父と大叔母の否定的な面を、あいまいな言葉を用いてごまかし、見えなくしている。ポーリーヌの手紙がかいま見せる祖父と大叔母の姿(時期的には相当下がるが)は、ひとことで言って「抹香くさい」、面白いところのない老人たちである。彼は自分の家族を二極構造に、いささか無理に、人工的に分化してみせているのではないか。
『アンリ・ブリュラールの生涯』に現われる最初の記憶の一つ(シュヌヴァ夫人の頭に包丁を落とした)は、「家族の者全員」に非難された、という記憶に他ならないではないか。
彼は「母の死で泣けなかった自分は本当にセラフィーが言うように情なしinsensibleである。父を愛さない怪物
monstre である」ということが満場一致で証明されてしまうことを恐れているのである。
『アンリ・ブリュラールの生涯』においては皆がなにかを隠している、それを他の者が見抜く、暴露するという形で初めて真実があかされるという形になっていることが多い。母が父をあまり愛していなかったらしいこと、エリザベトの不幸な恋のこと、等々。そのことはアンリ・ベイルその人についても例外ではない。そもそもエスパニョリスムは
hypocrisie と全く相反する概念のようにみえるが、「革命の子」である幼いアンリにとってのヒロイズムは「家族」の者の奉ずる価値観に面従腹背することに他ならなかった。エスパニョリスムは「韜晦」と無縁どころの話ではないのである。
スタンダールは敵、味方両方の陣営の「隠された本心」を暴くことによって自らを正当化しようとしているのである。
敵の陣営、父と叔母の陣営を、アンリについて虚偽の評価をし、彼を不当に扱う側として提示するために、父には貴族ぶりの趣味を、セラフィーには父との結婚の計画を想定して彼等の「隠された」意図を暴いて見せる。その意図を想定することは、自分が本当に不当に扱われたのでありしたがって自分には彼等に愛を感じる義務はないと主張することに他ならないのである。
それに対応して「味方」の陣営、祖父と大叔母の陣営についても、彼等を確かに味方と認めるために彼等が本心を隠していたことを証明する必要があった。彼等は十分自分の味方になってくれなかったし、父や叔母の自分に対する扱いが不当なものであると十分主張してくれなかったが、それは彼等は本心を偽ってのことだったのだと証明する必要があった。もしフォントネリスムもエスパニョリスムもなかったとしたら、彼等は最初から父や叔母と賛成だったことになる。子供の教育にはみな賛成だったことになり、それが不当なものだったとするスタンダールの告発はずいぶん説得力がなくなってしまう。するとセラフィーの非難は妥当なものとなり、父に愛情を抱けなかった彼は本当に
monstre であることになる。祖父がフォントネルのような人だと主張することは、彼がことを荒だてないためにはあえて真理、正義を犠牲にする人であると主張することになる。大叔母がスペイン主義の持ち主だと語ることは、俗な争いには関わりたくない人であると主張することになる。このことを強調することは、対抗する陣営の虚偽を間接的に告発することになるわけである。スタンダールは確かに「フォントネリスム」と「エスパニョリスム」を見ることで利益を得るのである。
Copyright Yuichi Kasuya 1993.
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