歴史地図データベースを活用した都市地理学習

神谷浩夫

Studying Urban Geography Using Historical Maps on the Web

Hiroo KAMIYA

 

 

Abstract: This paper attempts to provide a studying material for urban geography in high school using historical map data base on the web. The educational effectiveness of this attempt is evaluated from the viewpoint of geography curriculum in high school, and also from the viewpoint of easy applicability for preparing GIS map data base on teachers and easy handling on students.

 

Keywords: 歴史地図(Historical Map),地理情報システム(GIS),地理学習(Geography Education

 

 

 


1.はじめに

 高校地理の学習において,身近な地域を調べるための素材として,あるいは都市の歴史的な成り立ちを学習するための素材として,歴史地図はきわめて有効である.地域の歴史を学習するために,これまで学校教育の現場では国土地理院の古い地形図を現在の地形図と比較しながら活用することが多かった.一方,日本の多くの都市は江戸時代に遡る城下町の起源を持ち,城下町の絵図が各地の大学図書館や公立図書館に数多く所蔵されているにもかかわらず,地理教育の現場においてこれらの歴史地図が古い地形図ほどには活用されてこなかった.

 歴史地図が地理教育の現場で学習教材としてあまり活用されてこなかった理由の一端は,多くの場合,歴史地図を所蔵する図書館がそれらを貴重資料として大事に扱うあまり,一般利用者の目にふれにくい収蔵庫に保管しているためであると思われる.そのため,数年に一度開催される収蔵品の展示の際に一般公開される機会を除けば,一般市民が直接目にする機会は乏しく,その存在すら十分に認識されていないことも多い.

そこで本稿では,大学図書館や公立図書館が所蔵する歴史地図のデータベースをweb上に作成し,一般の人々にこれを広く公開して高校地理教育の現場に活用する試みを報告する.まず2章において,現在の高校における地理教育の現場で歴史地図がどのような場面で登場しているのかを考察する.次に,すでに公表されている歴史地図のデータベースの事例を紹介しながら,web上で歴史地図データベースを構築する際の問題を考えてみる.最後に,筆者が作成を試みた城下町金沢の歴史地図データベースを紹介し,これによって高校の地理教育にどのような教育的効果をもたらすのかを考察し,歴史地図データベースを地理教育に普及させる際に克服すべき課題についても言及する.

 

 

2.高校教育における都市構造の学習

 高校の地理教育において,日本の城下町起源の都市については,主に「身近な地域を調べる」と「都市の機能」の二つの単元で登場することが多い.そこでまず,近年の高校地理の教科書や副読本において城下町起源の都市がどのように学習され,歴史地図がどんな場面で登場しているのかを調べてみた.

 

事例1:帝国書院『新詳地理B 初訂版』では,「身近な地域を調べる」という単元において,宿場町起源である群馬県太田市の昭和26年の地形図と最近の地形図を2枚並べて比較させることで,都市構造の変化を学習させるカリキュラムが組まれている.また同じ教科書の「村落と都市の機能」の単元では,城下町起源の都市では,武家屋敷や町人町,寺町が計画的に配置されているという記述がみられる.

 

事例2;教育出版『地理B 新訂版』では,「大都市圏の形成と地域分化」という単元において新潟県上越市高田の城下町が模式図で示され,武家屋敷と町屋敷,寺社が城を取り囲んで配置されている様子や,河道・道路網と城下町との位置関係が描かれている.

 

事例3:石川県高等学校野外調査研究会『地形図にみる石川――加賀編』は,地理の副教材として石川県の高校で活用されている.この教材に含まれている城下町金沢の節では,昭和32年の地形図と最近の地形図を2枚並べて読図させ,さらに金沢平野の地形分類図と見比べながら城下町の都市構造の特徴を理解させるようになっている.

 

これらの三つの事例において江戸時代の城下町絵図は利用されておらず,わずかに事例2において古い高田の城下町の模式図が紹介されているのみである.

地理学習の観点から見ると,城下町起源の都市にみられる構造を歴史地図から読み取る際のポイントは以下の点にある.

 

1)      武家屋敷,寺社,町屋が城下の地区ごとに明瞭に配置されている(武家屋敷の敷地は広く,町屋は間口が狭く奥行のある細長い敷地となっている).

2)      城を防衛するために,台地や河川などの地形が巧みに活かされている(河川から堀や濠の水を引いていることも多い).

3)      街路は曲がりくねっていることが多い.

4)      城下町に通じる街道の入り口には,城を防衛するために寺社を配置していることが多い.

 

 

3.歴史地図データベースの事例

 では次に,歴史地図のデータベースが一般に公開されている事例を検討することを通じて,日本において歴史地図データベースをweb上で構築する際の問題を考えてみる.

スウェーデンのストックホルム大学人文地理学科の地図情報処理部門(The GeoProcessing Unit)では,大学図書館の所蔵する19世紀後半から20世紀初頭の地形図をweb上で公開し,初等・中等学校と連携しながら地理教育への活用を図っている.この部門の責任者であるStefan Ena氏からの聞き取りによれば,スウェーデンは古くから地形図が作成されており,大学が所蔵する地図は作成されてから50年以上経過しているため,公表に際して著作権法上の問題も生じていない.また,歴史地図を3D表示するソフトも同時に提供し,文化地理学研究者からの協力を得ながら,歴史的景観を復元する作業も進めている.

ストックホルム大学の地図データベースは,以下のURLからアクセス可能である.

http://www.humangeo.su.se/kartburken/

 一方日本では,岐阜県立図書館世界分布図センターにおいて,館内にある世界分布図センターがコレクションとして所有している江戸時代の国絵図をデータベース化してCDとして利用者に提供している.これまでのところ,たんにデータベースとして古い地図を集めているだけであり,教育関係者がセンターの運営に加わっているもののデータベースを学校教育に活用するには至っていない.

 歴史地図をデータベース化してweb上で公開する場合には,利用者によって地図がダウンロードされそのまま転用されてしまう危険性も危惧される.江戸時代の城下町絵図であれば版権の問題は生じないが,その一方で,地図を所有する機関の権利保護という問題も残る.岐阜県立図書館でも,複写の有料化も検討しているとのことであり,所有する資料の公開性と公益性とをどのように両立させていくのか,今後さらに調整する必要性がある.

 さらに,教育の現場で歴史地図データベースが広く活用されるためには,たんにデータベースを構築して提供するだけでなく,そこから地理学習の素材として読み取ることが可能な事項や読解の手順を提示することも有用と思われる.

 

 

4.授業教材としての歴史地図データベースの構築

 城下町金沢の歴史地図データベースとして,とりあえず三つの地図によってデータベースを構築した.選んだ歴史地図は,1)「金沢絵図」, 嘉永4(1850), 金沢大学文学部地理学教室所蔵,2) 石川県内務部第二課「金沢市街図」, 明治42(1909), 縮尺1/6,000, 岐阜県立図書館所蔵,3)現在の国土地理院発行の25,000分の1地形図,である.このうち,1)の地図は作者と縮尺がともに不明であるが,江戸末期の地図であるため方位もかなり正確で歪みも小さい.縮尺も2)の地図とほぼ同一であり,地図の原寸もほぼ等しい.そのため金沢の都市構造を江戸時代末期,明治時代後半,現在という3時点で比較対照するのに非常に適している.

 次に3枚の地図をレイヤーとして重ね合わせ,その変化を考察した.

 


図1 「金沢絵図」, 嘉永4(1850), 金沢大学文学部地理学教室所蔵

 

 3枚の地図から読み取ることのできた城下町金沢の都市構造の主要な変化は,以下のようにまとめられる.

1)      江戸末期から明治後半にかけて,金沢の市街地はほとんど変化していない(太平洋ベルト地帯の都市と比べて相対的に停滞).

2)      街路網や水路網の位置はほとんど変化していない.

3)      城下町金沢の特色であった家臣の広大な屋敷地は,官公庁の用途に転用されている.

4)      軍隊が金沢城や市街地縁辺部に広大な敷地を占めるようになった.

5)      鉄道敷設は市街地の縁をかすめるように行なわれ,駅も旧市街の外れに立地した.

6)      明治後半から現在にかけて,市街地が大幅に拡大した.

7)      犀川と浅野川に何本もの橋が架けられたが,旧市街の道路網にはほとんど変化がみられない.

 

もちろん,こうした考察は地図を丹念に熟読することでも可能であるが,web上でGISデータベースとして利用できるようになれば,簡便に他の地図と比較できるようになる.さらに,本稿では金沢の城下町をデータベース化歴史地図から読解できた都市構造の特徴について述べたが,この手法が他の都市にも広く適用できるような汎用性を確立させることが今後の重要な課題となる.本稿で試みたデータベース化において参考となるのは,江戸期の城下町絵図と現在とをダイレクトに比較するよりも,ふたつの時期に挟まれた明治期の地図を入手可能であれば,さらに都市構造の歴史的変遷の読解が意味のあるものとなる点であろう.なぜなら,たとえ市街地の範囲にはさほど大きな変化がみられなくとも明治に入って土地利用には大きな変動が生じているからである.

 

 

5.おわりに

 本稿では,教育の現場においてGISを活用するために歴史地図データベースを構築し,それによって高校の地理教育において取り上げられている都市構造の理解を促進しようと試みた.そして,城下町金沢の歴史地図データベースの事例を検討し,二つの側面からその有効性を評価した.第1に,地理教育における都市構造の把握にとっての有効性という側面である.第2に,それぞれの都市で活躍する教師にとってデータベース構築が可能となるような汎用性および生徒にとっての操作の容易性である.前者の点に関しては,江戸末期と明治後期,そして現在の地図という3枚の地図でもある程度の有効性が確かめられた.第2の点に関しては,歴史地図の入手可能性の問題も含め,まだ検討が不充分な点も残されている.今後の課題としたい.

 

付記

 本研究の費用の一部には,平成13年度文部科学省科学研究費基盤研究(B)(1)(課題番号13480015,研究代表者 伊藤 , 「わが国の初等・中等教育における地理情報システムの活用に関する研究」)を使用している.

 

文 献

伊藤悟・鵜川義弘(2001)環境教育における地理情報システムの利用,「地理情報システム学会講演論文集」, 10, 249-254.

伊藤悟・井田仁康・中村康子(1998)学校教育におけるGIS利用――アメリカ合衆国の動向とわが国の可能性,GIS:理論と応用」, 6(2), 65-70.

大関泰宏(2001):地図を活用した教材作成の観点,「地理情報システム学会講演論文集」, 10, 241-246.

石川県高等学校野外調査研究会(1997)地形図にみる石川――加賀編,32p.

石井素介・奥田義雄監修(2002)『地理B 新訂版』, 教育出版, 296p.

佐藤久・谷岡武雄監修(2002)『新詳地理B 初訂版』, 帝国書院, 292p.

歴史地図データベースのトップに戻る